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本多静六の時代背景

ここでは、「本多静六の時代背景」 に関する記事を紹介しています。
 過去の記事で、本多静六のことについて述べた。では時代背景はどうだったのか見ていく。

本多静六の資産運用の詳細
 Wikipediaに本多静六の生没年が載っているが、1866年生まれとある。40歳まで倹約貯蓄とすると、1906年(明治39年)まで貯蓄に励んでいたことになる。上記の本多静六の資産運用の詳細で月給58円と述べているが、これはいつの頃かはっきりしなかった。「物価の世相100年」によると、正岡子規が日本新聞社に入社、1898年(明治31年)に月給40円とある。また、夏目漱石が1907年(明治40年)に年俸3,000円(東京帝大講師時代は年俸800円)とある。

 夏目漱石が大学講師時代の年俸を月割りにすると67円となり、本多静六も同じく大学教授をしていたので、インフレを差し引くと大体この月給58円は、1905年(明治38年)くらいの月給であると推測する。そう考えると、上記の貯蓄に励んで、投資をする直前の年齢と一致する。

 では、この時代背景はどうであったかというと、日露戦争後に始まり、第一次世界大戦後あたりまで好景気が続いていた。今でいうと、1980年後半のバブル時代と同じだ。そう考えると、本多静六は今のバフェットと同じく、生まれた時代が良かったともいえる。この時は、相場観が人より優れている人はより金持ちになっていった可能性が高い。

 相場をやっている人はわかると思うが、この後昭和の初期に恐慌が起こる。これは1929年にアメリカで株価大暴落が起きたのと同じ現象だ。今でいうと1990年初頭のバブル崩壊やアメリカのサブプライム(2008年)と同じ現象だ。この時、相場哲学にあるとおり、本多静六は恐らく売り抜けており、一財産を築いている。

 相場で一財産築いた人の自伝は、どうも、時代背景的に生まれた時期も良かった人が著名投資家になっている気がする。今30代や40代で一財産築いている人も、それなりに有名だが、後世まで語り継がれるかどうかは微妙な気がする。

 ご参考になれば幸いです。

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