リベラル、論理思考主義に違和感を感じる理由

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 当ブログは昔、モヒカン族に荒らされたことがあり閉鎖したことがある。このモヒカン族の根底にあるのは論理が絶対でリベラル思考が世の中で一番優れた考え方であるということだ。
 アメリカで何が起こっているのかリベラルの本を読んで調べているが、キリスト教の宗教観とリベラルの考え方は平行線で交わることがない。このモヒカン族の認める多様性というのは、リベラルが根っこにあってその上に宗教観が乗るのは構わないが、根っこに宗教観があるのは許せないという思考のようだ。

 別に自分はどこの宗教にも属していないし、思いっきりリベラルかというとそういったわけでもない。世界の思考、哲学の多様性と社会とのかかわりあい方を見てみたいだけだ。そこに意見の衝突があるのは当然だ。モヒカン族はこの根っこにリベラルな考えを持たないものを論理で否定するということをするのが好きなのかもしれない。

 そこにリベラルの違和感を感じている。人の個々の哲学を破壊してまでリベラルや論理的思考というのは重要なのか。それが欧米で起こっているポピュリズムなのではないかと。まだうまく整理できていないが、自分にも哲学がある。それを否定するほど重要な思想なのかと思っている。

 それと同時に何故リベラルが幅を利かせて世論を変えてしまったのか、論理だけの力なのかこのあたりの謎も後々解明していきたい。

 ご参考になれば幸いです。
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