FC2ブログ

父の脳梗塞で何が自分を感動させたのか

ここでは、「父の脳梗塞で何が自分を感動させたのか」 に関する記事を紹介しています。
 父が脳梗塞で倒れて1カ月が経った。昨日、お見舞いに行ったら手術前と同じような状態になっていた。言葉にはならないが、何かを一生懸命話そうとしていた。回復は思った以上に早いように見える。家族だから生きていてほしいという願望ではなく、自分の心に今回のことで何が自分を感動させたのか問いかけてみた。
 原因は生活の不摂生なので自業自得と言ってしまえばそれまでだが、それでもここまで回復できたのは感動した。それはどういったことからなのかというと以下のことが挙げられる。

・実家で倒れて救急車で運ばれて病院に入院したとき危篤と言われた。
・その後、持ち直したが手術の判断をするときに医者からリスクを言われた。それは、年齢的なもので手術に耐えられるかどうかということと手術の成功確率は20~30%程度、死亡する可能性も同程度あるというものだった。
・手術をやるベストのタイミングが脳の血管の腫れが引いたときと言われていたが、実際は梗塞の進行が早くこれ以上待っていると手遅れになるという消極的な理由だった。
・上記2つの理由を総合すると、手術に成功する確率はもっと低いはずだった。


 この4つの不利な理由(しかも死亡する確率が圧倒的に高い状況)をすべて克服して、言語機能を司る脳の部分の梗塞は手術で進行せずに正常な状態のままとなっている。もちろん、手術をする前の説明から、執刀医師に絶対的な自信があったのが読み取れたので医師の腕はもちろんあった。しかし、一番これらの不利な状況を克服したのは本人のまだ生きたいというとても強い意志が死亡という確率を徹底的に減らしたのだ。この圧倒的不利な状況を強い意志で全部克服したことにすごく感動した。一般論をすべて跳ね除けたのだ。

 自分がこのような状態になったときに、いくら家族が激励してくれても生き残れるか自信はない。それほど生への執念が強いということなのだ。普通に考えたら人生70年過ぎまで生きてこのような状態になったら、もうこれだけ長生きしたし、死んでもいいかと思ってもおかしくないが、まだ残りの人生を楽しみたいことがたくさんあるのだろう。

 入院前は暇な時間はテレビ三昧という人だが、ここまで生への執念が強いのなら、残りの人生を色々楽しませないともったいないという気がしてくる。実家は準貧困なので、自分のほうで色々やろうと思う。

 ご参考になれば幸いです。
関連記事

読んでためになったという方は、是非クリックをお願いします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 社会不安障害へ
にほんブログ村
にほんブログ村 その他生活ブログへ
にほんブログ村
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://socialunrestinvestor.blog.fc2.com/tb.php/395-0122c777
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック