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土光敏夫という人物(後編)

ここでは、「土光敏夫という人物(後編)」 に関する記事を紹介しています。
 土光敏夫の両親から頭が良くなる素地があることは分かった。では実際どのような生活を学生時代に送っていたのか検証する。
 中学校の先生(校長)の教えで「国士魂の碑の前で敬礼しないと、先輩たちにこっぴどくシゴかれた」とある。土光が明治29年(1896年)生まれだから学校の先生、ましてや校長だったら江戸時代末期から明治初期の生まれであると推測される。教育でスパルタ式の指導方法が取られ始めたのは日露戦争の頃あたりと言われているが、この中学校の校長あたりの年代は寺子屋の道徳の教育を行っていたはずで、ちょうど取り入れるか入れないかといった時期だと思う。

 上記にあるとおり、こっぴどくシゴかれたとあるので、明治初期あたりからスパルタっぽいものは存在していたのではないかと推測される。土光は学生時代、今のシェアハウスのようなところで過ごしアルバイトをしながら勉強をしていた。因みに土光は高等工業の出身なので、エンジニアとしての道を歩み、現IHIと東芝の社長を歴任している。

 社会人になってからの生活スタイルは朝4時起床、23時就寝の5時間睡眠をとっていた。このようなスタミナがあり、勉強熱心な人の下で自由裁量とはいえ熱心に働くには、この分野の仕事が相当好きでないと勤まらないのは分かった。地声が大きい、心ではスパルタをしたつもりはなくても、態度などでそう見えてしまうこともあったという。

 これが、部下目線でどう見られていたかというのが重要で、畏怖程度ならまだしも、恐怖として受け取られたら、その後の人材の劣化は当たり前になるのだろう。部下自身も年功序列の学生生活や会社生活をしていたから、その後の教育で自由裁量はすっぽり抜け落ち、スパルタだけが強調されたというふうにとらえられたのではないだろうか。

 中々、この時代を経過しての人材劣化問題は簡単に解決しそうで難しい問題だということがなんとなく分かる。

 ご参考になれば幸いです。

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